エンカレム・ヤッドバシェム・園の墓

聖地旅行③ ・・・・ 2nd day(2014.12.26)

おはよう、エルサレム! AM5:30―――イスラエル、そしてエルサレムで迎える最初の朝。昨夜は長時間の移動の疲れですぐにベッドにもぐりこんだが、寝坊してはいけないという思い から30~40分くらいの頻度で目が覚めてしまった。まだ外は真っ暗であったが、ルームメイトS兄より一足早く起きて眠気覚ましのシャワーを浴びる。流れ落ち る湯の温もりが、ぼぉっとした私の意識を徐々に覚まし、これから素晴らしい体験が待っているであろうことを思い出させてくれる。シャワールームからバル コニーに移動すると、ようやく空が明るくなり始めていた。

 エルサレムで過ごす最初の朝、頬に当たる風が心地よい。12月の東京の気温は、この時間だと マイナス3度くらいだろうか。しっかり防寒した上でダウンコートが欲しいところであるが、ここではそこまで必要なく、軽く長袖を一枚着ればそれで十分。 日本に比べて非常に過ごし易かった。目の前に広がるエルサレムストーン(石灰石)で造られた白を基調とした多くの建物、掲揚されるイスラエル国旗、遠く から響くコーランの朗詠らしき声、パーンという空砲?のような音…日本とは明らかに異なる世界を味わっていた。

 さて、気が付くと間もなく7時。この旅行では毎朝「6時(起床)・7時(食事)・8時(出発)」のルールに従って行動することになっている。私たちは食事 の会場があるG(地階)フロアへ向かう。このダン・エルサレムホテルは山の斜面に建っているため、6Fがエントランスで、そこにある噴水から出た水が下層に向かっ て流れてゆくという面白い造りになっている。食事はバイキング方式で、多くのパンや、魚料理、果物など豊かなメニューの中から好きなだけ盛ることができるが、 特に充実しているのはサラダの類である。こんなに素直に野菜そのものを味わったことはかつてなかったと思う。狭い国土、南に広がる砂漠地帯などの条件があって も、高い食料自給率を誇るイスラエル。それらの背後に、やはりイスラエルを守る神様の存在、それを約束する聖書の言葉を思い出さざるを得ない。



南から神殿の丘を望む  AM8:00―――皆でバスに乗り込み、いよいよ出発!どんな景色に出会えるのか、そしてその土地土地でどんなに素晴らしい講義が聴けるのか。自分が聖書を学ぶ者として最高に贅沢な環境に 置かれていることを感謝しつつ、目の前に流れる車窓を夢中で撮影する。エルサレムストーン(石灰石)で造られた家々、マンション、白一色で統一された町並みが続き、ひと目でユダヤ人地区 (しかも高級)である事が分かる。ホテルを出た私たち一行は、まず旧市街の南側(プロムナード)へ移動し、そこから城壁や岩のドームを展望する。そこは斜面に そって大きな公園になっていて、絶好の展望ポイントとして整備されている。

 しかし、ひとつ嫌なことも押さえておかなければならない。そのような場所には、観光客相手にお土産を売ることを生業とする者たちもいる。優柔不断な観光客はすぐに囲まれてしまう。 そして残念なことに、その中には観光客の財布をするような不届き者もいる。そのために予めそのグループのリーダー格の者を通して、土産を買って現金を渡し、荒っぽいことがないよう に話をつけておくこともあるようだが、それでも指示が末端まで行き渡らず、手荒な目に遭ってしまうことがあるという。 「財布や貴重品に気をつけて。何かあったら話をつけるのですぐ知らせて」という注意があった。やはりそのあたりは日本とは違う。現地の状況に通じた者の助けが大切である。

 さて、目的地に到着して少し気を引き締めつつバスを降りる。すると目の前に広がる景色…それは何と、今まで何度も写真で見てきた岩のドームや旧市街を取り囲む城壁の 景色ではないですか?!「うわーっ」皆のテンションが一気に上がり、すぐさま撮影タイムに。少し落ち着いたところでさらに公園に入り斜面を下ってゆく。そこからもまた、 岩のドームや城壁の絶景を拝むことができる。リーダーの説明があった後、再びある者たちは互いに写真を撮り合う。ほかにもテキストを見直す者、感動を分かち合う者、 また目をつぶり祈りをささげる者…暫しの時、与えられた大きな恵みにそれぞれが感謝した。

 写真でしか見たことのなかった憧れの景色が今、眼前に広がっている。カメラを構えつつ「うっわー」「すっげー」「やばい」と何回つぶやいたことだろう。「(神殿の 丘に)実際に行くのは最終日ですが、この景色を観ることができただけでも十分元は取れています」という説明があったが、そうかもしれない。

 聖書に書かれている記事の数々、そしてその後の出来事の数々(エルサレム崩壊、十字軍、シオニズム運動、中東戦争とイスラエル建国…)は、確かにここで起こった。ここは神の選びの地であり、 「ここに今、私はいる!」という大きな興奮に包まれていた。初っ端からこんなものを見せられては、本当にたまらない…(喜)。

■イエス誕生の地ベツレヘムを望む
 エルサレムの興奮冷めやらぬまま、私たちはバスで南へ移動。9:00台にラマット・ラケルに到着。人口調査のために自分たちの戸籍があるベツレヘムに来ていたマリヤとヨセフは、 ここでイエスを生むことになる。この当時旅人を泊めるような宿はなく、親戚(ダビデの家系)の家を頼ったと思われる。しかし、既に彼らの居場所はなかった。 ベツレヘムでメシアが生まれることは、既に旧約聖書に示されていた(ミカ5:2)。

 イエス誕生の場所は一般的には厩(うまや)と理解されるが、ユダヤ的に考証すると羊飼いたちの洞穴が妥当。そこには生まれたイエスを包む荒布(本来は遺体を巻くため)などが 備えてあった。夜番をしていた羊飼いたちは、天使たちに導かれて主の誕生に立ち会うが、これならばそれほど極端な苦労はしないだろう。 必死こいて探しまくった羊飼いたちのイメージ、また家畜小屋で多くの家畜に囲まれて生まれたというイメージは修正すべきかもしれない。

 さて、聖書にはミツペ(展望台の意)という地名がいくらか登場する。ヨシュア10:17「ミツパ」(べテルの南西)、1サム22:3「モアブのミツパ」(死海の中程)、最近では侵食によって できた巨大なクレーターがあるミツペ・ラモン(ネゲブ砂漠)が有名?。これから行くマラット・ラケルは創世記35:19でラケルが葬られたと信じられていることが地名の由来で、 キブツ(農業や観光業を営む共同体)が運営するホテル。普段は結婚式などに利用され、てんがいが用意されたその高台から南方にベツレヘム(パンの家の意)を眺める。

 本来であれば聖誕教会や聖マリヤ教会がみどころではあるが、現在この地はパレスチナ自治区になっており、検問を通過する労力とわざわざ行くメリットを鑑みて今回はパスしたようである。


  バプテスマ(洗礼者)のヨハネの歩みを辿る①  AM10:00頃――――ラマット・ラケルを後にした一行は、エルサレムから数キロ南にあるエン・カレム(ぶどう畑の泉の意)という小さな町を目指した。ルカの福音書1:39では「山地にあるユダの町」1:65で「ユダ(ヤ)の山地」と表現される。 そこはバプテスマのヨハネの故郷である。彼がエン・カレムで育ったことには必然性があります。彼の父ザカリヤは神殿で奉仕する祭司であり、神殿に通える距離に住む必要がありました。 ちなみに、ユダヤ教の中心がガリラヤ(テベリヤ)に移るのはエルサレム崩壊後のこと。

 先ほど、遠くからイエスが生まれたベツレヘムを眺めたが、時間的には少しさかのぼってその前のバプテスマのヨハネの誕生にフォーカスを当てたい。 彼の生涯はイエスの歩みを先行するものであり、彼の使命はイエスこそ旧約聖書で予め示されたメシアであることを人々に指し示す事でした。 ヨハネの両親(ザカリヤとエリサベツ)は不妊で、さらに既に年老いていましたが、神の特別な奇蹟によって子を宿す力を与えられ、ヨハネは生まれました。

 それに対してイエスは、まだ夫婦関係がなかった処女マリヤが、神の霊によってイエスを宿しました。両者とも神の特別な介入による誕生ですが、不妊が癒されて夫婦関係によって生まれたことと、処女降誕とは奇蹟の質がまったく違います。 なぜならイエスがメシアとして誕生する場合、通常の夫婦関係によって誕生してはならないのです。処女から生まれることは必然であり、旧約聖書で既に預言されているのです。 聖書(ルカの福音書)は、イエスと先行するヨハネの共通点を示すことでイエスの誕生が真実であり、神の特別な介入であることを示し、なおイエスの誕生の素晴らしさを強調しています。

 さて、天使が語るイエス誕生の告知を素直に受け取ったマリヤは、これから自分の起こる事を確かめるかのようにエリサベツのもとを訪ねます。 するとエリサベツの胎内で子(ヨハネ)が踊り、聖霊に満たされたのです。イエスのメシア性とヨハネの生涯を決定付ける驚くべき出来事です。 そして彼女らはしばらく生活を共にする中で確信を深めつつ、マリヤ自身の身体にも変化があったことでしょう。天使の告知どおりに・・・

■マリヤでなくイエスを!(本物を見極める目)
 ローマ・カトリックや一部のプロテスタントは、マリヤへの信仰を主張します。マリヤが訪問したことを評価して、この地には「マリヤの泉」や「マリヤ訪問教会」といった 施設が建っています。特に後者は、マリヤ訪問の状況を描いた多くの壁画があり、外壁には46カ国の言語(日本語もあり)で「マリヤの賛美」が刻まれている。 多くのマリヤにまつわる作品や信仰を見るとき、私たちは一度立ち止まりたい。「聖書は何といっているでしょうか?」。

 聖書が指し示す希望の光は、イエス・キリストのみである。それがイエスを先行し彼を指し示したバプテスマのヨハネの主張であり、それを聖書という形でまとめた聖書記者ルカやヨハネ(主の12弟子の一人)たちの主張であり、 記者たちを特別な導き(霊感)によって用いた神の主張である。多くの人々が“聖母”と慕い信仰するマリヤ自身が、救いを必要とする一人の信徒として教会に集い、イエスに祈りをささげた。 彼女がイエスの後に生んだ兄弟たちも、マリヤ自身も、生まれながらの罪を有した一人の人間に過ぎず、人類を死後のさばきから救うことはできない。 聖書は「マリヤが救い、マリヤを拝め」とは一切言っていない。にもかかわらずマリヤに対するこの間違った信仰が、キリスト教の主流になりつつある。

 聖書という純粋な神のことば以上に、教皇や教父といった”人から出た”ことばが幅を利かすようになるとき、私たちは立ち返らなければならない。 キリスト教界には残念ながらそれ以外にも多くのおかしな教えが存在する。旧約の律法を強調したり、「キリスト以外にも救いがある」と言ってみたり、 いやしや奇蹟や成功法則の強調したり、教会や聖霊を否定したり、明確に示された終末を否定したり、輸血を禁じてみたり、幼児に洗礼を施してみたり、新旧約聖書以外に“神のことば”を付け足そうとしたり・・・。 これらは「解釈の違い」では済まされない。教会を選ぶ基準として何を大事にすべきでしょうか?組織が大きい?経済力が潤沢?教会堂が立派?備品や衣装や奏楽の雰囲気が荘厳?などなど・・・ でも本当に見るべき点は「字義通り」というキーワードを大切にしながら、「神のことばが何であり、神は何と教えるか」を丹念に、祈りつつ追い求めること。その営みの先にしか「本物」はありません。 だから、神父や牧師がああ言ったから鵜呑み、ではなく一人ひとりが聖書に向き合う必要があるのです。

▼あとがき
 先日、大河ドラマ「花燃ゆ」を観て、思い重なる部分があった。明治維新の時代に、真に国力を支えるものは学問(特に読み書き)であると確信し、底辺の人々への教育を広めようとした知識者たちがいた一方で、労働者たちを雇う側はもちろん、 労働者たち自身も、労働の末にへとへとになる毎日に満足し、埋没し、学ぶ必要をなかなか理解できなかった。 「学ばなくても十分生きてこれた」と自負し、これまで学んだことのない者が、学ぶことによって得られる人生の素晴らしさを理解できないのはある意味当然である。 しかし、クリスチャンはそうであってはならない。私たちの信仰についての唯一の権威が「聖書」であることの重みを覚えたい。



ヤッドバシェム,園の墓,ホロコースト,シオニズム歴史的遺産から学ぶ(ヤッド・バシェム、園の墓) AM11:30を過ぎ、私たちはヤッド・バシェムを訪れた。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツによって虐殺された約700万人のユダヤ人を慰霊するための施設である。 イスラエルを訪れるすべての旅行者が、一度は足を運び、その悲惨な事実を目に焼き付けておくべきだろう。その名の意味は「名の記念」という意味であり、 "我が家、我が城壁に刻む、決して消し去られることがない記念と記憶"(旧約聖書 イザヤ56:5)のヘブル語からその名が付けられた。建物中にある高さ30mの円柱には「忘れるな」という意味のヘブル語が刻まれている。 多くの写真や遺品の数々がありのまま展示され、“大多数”ではなく一人ひとりがそこに生きていて、これら一つひとつの命が、家畜を殺すかのように貨物に詰め込まれて、ガス室で消されていったのだと思い知らされる。 また、殺された人々の大小、男女さまざまな靴が、山のように詰まれて展示されていたのを見たときには、吐き気を禁じえなかった。

書籍など彼らの存在を示すものを徹底的に燃やし、歴史から抹殺せんとする写真などを目にし、思うことがある。人間はこんなに残虐になれるのだろうか?性善説なんて吹っ飛んでしまう光景である。 動物以下かと言いたくなる光景。聖書がいうように、人間は初めの堕落以来、神の助けなくして罪の性質から逃れることができない存在である。 しかし一方で、罪の性質だけでこれだけひとつの民族に執着して、虐殺を目論むようなことができようか。そう考えるとき、聖書が初めから神の敵として定め、聖書の時代から幾度も選びの民を抹殺せんと 動いてきた「サタン」の存在なくして説明することができない。

だが、選びの民は守られた。彼らは神と直に契約を結び、将来にわたって特別な計画が用意されている。もしも彼らが抹殺されて しまうならば、聖書の将来の記事は成り立たない。彼らが抹殺されるかどうかは神の名誉がかかった戦いである。 終末に彼らが民族全体でキリストに悔い改め、再び主が来てくださると聖書は教える。その時、サタンの運命は終局を迎える。 サタンにとっては絶対に迎えたくない状況なのである。

ホロ・コーストは多くの命を奪い、未だに残された人々の心の傷となっている。悲しい出来事であるが、その背後にある神の力強い御手、約束を守る神の存在にこそ、私たちは目を向けたい。 これは単なる国際政治の問題ではなく、激しく火花散る神と悪魔の霊的な戦いであることを覚えたい。 神は歴史の中にご自身を示される。








◆ 訪問地のご紹介
地図右側を上から順に園の墓、シオンの丘(プロムナード)、ラマットラケル。 そして地図中央に位置するヤッド・バシェム。さらに西端に位置するエン・カレム。

【 聖地旅行【2】バプテスマ(洗礼者)のヨハネとイエスの誕生 】
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