エルサレム旧市街(カルド)

聖地旅行① ・・・・ いいね!イスラエル

聖地旅行の恵み~ホンモノを見る目  みなさん、イスラエル大使館のPRアニメ「いいね!イスラエル」はもうご覧いただけましたでしょうか?観光地と してのイスラエルの魅力が十分伝わってきましたね。でも、なぜ人々があの聖地に熱狂するのでしょうか?なぜあれ程 に様々な霊的思惑が交差するのでしょうか?日本の四国程の面積しかないあの場所で?エジプトと中東を結ぶ戦略的要 衝というだけでしょうか?

 それは聖書的背景が分かっていないと説明がつきません。今日も、聖地で宗教を理由に血が流されることに多くの人 々が悲しみを覚えます。なぜでしょうか?宗教がいけないのでしょうか?その一言で済ませてしまうならばそれは無知 です。彼らが共通理解として持っている聖書を土台に、各々の立場を理解しなければ、起こっている出来事の真理、そ こで立ち回る彼らの「魂」までは到底理解できません。聖書を通して誠実にこの地を、この民を理解しようと試みると きに、背後にある大きな存在を見出さざるを得ないのです。聖地旅行は決して安い旅行ではありません。移動時間も長 いです。せっかく行くのですから、単なる“パワースポット”というご利益主義的な理解で終わっては、勿体無いじゃ ありませんか?

 聖地旅行はクリスチャンにとっても非常に有益です。まずホンモノ(ユダヤ的背景)を確認することで、非聖書的な 聖書解釈や、教会の伝統が生み出した規則(口伝律法)を見破り、今日のクリスチャンが何を守るべきかを自分で考え る(自分勝手ではなく)力を養います。神様のご計画の全体像を理解する助けにもなります。また、主に詩篇などで、 イスラエルの情景が詩的に描かれる場合がありますが、体験することで聖書がフルカラーで見えてきます。イエス様の たとえや状況が良く理解できます(イスラエルの自然や旧市街の立地などを視聴覚で体験するため)。

 今日のクリスチャンにとって、旧約聖書で律法を守ってきたユダヤ人たちのような「巡礼」は必須の行為ではありま せん(そもそも神殿は既にありませんが…)。福音は世界に展開し、すべての人々に信仰の扉は開かれた。巡礼しなく ても、信仰ゆえに救われますし、尊敬すべき敬虔な先人たちもいます。しかし「必須でない」ことと「しなくていい」 ことは決して同意ではありません。ビジネスの世界でもそうですが、どれだけインターネットが発達しようと、実際に 現場に足を運ばなくては分からないことがあります。これだけ交通事情が発展し、情報が提供されているのです。この ような恵みを、「必須じゃないから」という理由で利用しないのは勿体無いと思いませんか?



聖地旅行で得たもの~主は確かにおられた、そして私の内に…  私はイスラエル旅行で何を得ただろうか?確かにものすごい景色を見せていただいた。エルサレム(海抜800m) から死海(海抜-400m)まで一気にバスで下る地形、広大な荒地や岩山と、その遥か先に見える靄がかかった死海、 ガリラヤ湖の恵み、遺跡、エルサレム旧市街、神殿の丘・・・良くもこの狭い土地にこれだけものを詰め込めるな、 と思う。そしてそれらすべての摂理を絶妙なバランスでつかさどるお方の存在を無視できない。大きく世界観が変 えられた。宗教といえば神道や仏教だと無条件に考える私たち日本人(もしくはそれさえも日常生活では無視して ますが)の常識が、狭い限られた中での常識でしかないということに気付かされる。確かに聖書の記事は本当だっ た…。

 しかし、聖地旅行から帰国して半年が経過した頃、主の御愛についてあらためて覚える機会をいただきました。 ふとしたこと「愛おしい」という思いを覚え、それは主の御愛を実感する機会となりました。主は私が覚える感情 の幾倍もの大きな愛で私を(もちろんすべてのクリスチャンを)覚えてくださり、二千年前のあの日、十字架につ いてくださった。そして今も私を大きな愛でとらえ、最善を用意して望んでくださる。

 9日間の聖地旅行を今あらためて自分に問う。私は何を得たのか?―――――その答えが最近与えられた。それ は「主の愛は確かにここ(エルサレム)にあった!」ということを見せていただく旅行だった。主はナザレは育ち、 民を愛し、弟子たちを愛し、御父を愛し「この人々は自分が何をしているのか分からないのです」と罵倒する者ら にさえとりなしの祈りをささげて、十字架についてくださった。そのイエスの目線の先には二千年後の異邦人の私 たちさえも見据えている。私たちもまた主の愛の対象である。旅行の終盤で、十字架前夜に屈辱をお受けになった 大祭司カヤパの官邸(現、鶏鳴教会)の地下牢や、ヴィア・ドロローサ(主が十字架を担いだ刑場までの道)、ま た聖墳墓教会(ゴルゴダと墓を含む)を見学するなかで得た結論、それは「主の愛は確かにここにあった」。それ を教えるために神様は遥かイスラエルまで、すべての条件を整えて導いてくださったと思うようになりました。そ して、私が仮にイスラエルに行かなかったとしても、主は既に私の内にいて共に歩いてくださっていた!!

 これから少しずつ聖地旅行を紹介したいと思います。ご期待ください―――― それでは、Are you ready?






【 聖地旅行PR動画 】
(音量にご注意ください)
あなたの内に、ゆるがされることのない真理はありますか? あなたはクリスチャンですか?あなたの信仰に確信はありますか?

五感を通して、聖書を学ぶ旅。神の選びの地を巡り、神の言葉を預かりし民に出会う旅。

あなたは、アブラハムと出会い、ダビデと出会い、バプテスマのヨハネと出会い、 そしてイエス様と出会う。

ここに「真理」があった。そして確かにイエス様はここにおられた。これが希望の光。

あなたの世界観を根本から変える旅が、ここにある・・・


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