希望の光バプテスト教会

よく頂く質問Frequently Asked Questions

聖書や教会への素朴な疑問に答えます

神を信じる必要がありますか。今の生活でも十分なのですが・・・
「自力で何でも克服できるから、「神」のような見えないものに必要を感じない」という疑問に、「人間の側の必要」からお答えします。
①人間には「生きる意味を知りたい」という思いがある。:ある哲学者によると「人間には神以外のものでは満たせない空洞がある」のです。人生のむなしさを感じることがあったならば、それは悪いことではありません。
②人間には「危機的状況」に備える必要がある。:「いざ」という時にどうするか、最悪を想定して備えておくことが危機管理です。神を信じることはまさに人生の危機管理です。長い人生を歩む中で、必ず悲しい出来事や試練に向き合う時があり、それに 備えてゆく必要があります。人間にとって最悪の出来事は「死」であり、死について明確な根拠をもって考え、備えていることこそ賢い選択です。聖書によれば、「イエス・キリストを通して神と和解すること」こそ最善の死に対する備えです。
③人間は「今を生きるための力」を求めています。:人間の努力には限界があります。聖書は、神との平和を求めることを求めます。神と愛の関係にあるならば、自分の力でない超自然的な力をいただき、体験することができるのです。
神の存在は信じていますが、聖書の神でなければダメですか。
「山頂までに通る道が違うだけで、行き着く所は一緒では?」という疑問に、宗教全般とキリスト教の違いを3点述べることで答えとします。
①真理や救いに至る方法:宗教は何かしらの「神」や「真理」を求めてそこに向かおうとする営みで、宗教一般は「何をすべきか」「どう考えるべきか」といった体系ができあがり、それにしたがって励む「人の業(わざ)による救い」です。 それはまるで「人が神に手を伸ばす姿」であるのに対して、聖書が教えるキリスト教の救いのイメージは「神が人に手を伸ばしてくださる」のです。人は自力救済できないのです。
②教えはどこから来たか:宗教一般は「哲学的思索」の結果であるのに対して、キリスト教(聖書)は神による啓示です。つまり神が歴史に介入してご自身を人類に啓示された、その歴史的記録が聖書です。聖書は歴史書であり神による啓示です。
③キリスト教の土台となる出来事:キリスト教は、歴史上で起こったある驚くべき出来事(キリストの復活)を土台にして生まれました。キリストは十字架上で死に、墓に葬られ、三日目に復活されました。この出来事はキリストの言葉や聖書の言葉への信頼性を証明します。 弟子たちは、キリスト復活の目撃者として自分たちの体験を記録に残しました。これが新約聖書です。
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