聖書の言葉

聖書の言葉① ・・・・ 聖書は神様からのラブレター

あなたは愛されるために生まれた  聖書というとみなさんはどのような印象をお持ちですか? 「難しそう」「信用できるの」「今の時代に通用するの」「私とどんな関係があるの」・・・などなど。

聖書って何だろう?―――――
 聖書を読んだことのない人々からの問いに対し、これまで多くの方が用いてきた表現ですが、私もそう 思いますので使わせていただきます。聖書・・・それは「神様からあなたへのラブレター」です。

 私たちは学校で、もしくは職場で、思いがけないところで自分に心を寄せてくれている人がいると知ったら、 どう思いますか?まあ、昨今は物騒で難しい時代です。もしかしたらすぐには素直に受け取れない方もおら れるでしょうか?または「えっ」と戸惑ってしまうかもしれませんね。

 聖書は、あなたが愛されていることを教えます。神様はあなたが生まれる前から、あなたを覚え、あなたに 宛てて愛を示してくださっています。ところで、あなたは手紙を書いたことはありますか?何を書くか?どう 書くか?同意してもらえるかどうか?好意をもってもらえるか?など、その目的によって、相手のことを イメージながら、時に何度も何度も書き直しつつまとめます。もしもそれが愛おしい人へのラブレターなら, なおのことではありませんか?

 聖書・・・それはあなたへのラブレターです。どのようなお方があなたを愛しているのか、それはどれだけの 愛なのか、知りたくないですか?今は2015年ですから、なんと云千年越しのラブレターです。聖書の内には、 私たちを励ます言葉で満ち満ちています。私も聖書の言葉に励まされ、希望を見せていただき、愛を教えていた だきました。

 私たちの歩みには色々なことがあります。あなたが喜ぶ時はもちろん、反対に悲しみの内にある時、疲れてい る時、孤独な時、不安な時、絶望を感じる時、神様はあなたに寄り添いラブレターに手を伸ばしてほしいと願っ ています。是非あなたに愛を受け取ってほしいのです。あなたは愛されるために生まれたのですから・・・

きみは愛されるため生まれた (You Were Born to be Loved) - 松本優香

†あなたに届けたい聖書の言葉 「神は愛です」 (1ヨハネ4:16)

「わたし(イエス・キリスト)が来たのは、羊がいのち を得、またそれを豊かに持つためです」(ヨハネ10:10)

「『イエス・キリストは、罪人を救うためにこの世に来ら れた』ということばは、まことであり、そのまま受け入 れるに値するものです。」(1テモテ1:15)

聖書の言葉

私のための良き便り(福音)

それはどんな愛か?  聖書には、あなたに宛てられた良い知らせ(グッドニュース)が書かれています。 「あなたを愛しています」この一言はあなたの心を喜びと平安で満たします。「私は大切にさせている」「ここ に居て良いんだ」心が温かくなりますね。でも、この「愛してます」という一言をどのような状況で言ってもら うかで、その意味するところはまた変わってきます。

 たとえば、すれ違うすべての人が思わず振り返るような美貌と若さをあなたが持ち合わせ、勉強も仕事も順風 満帆、交流するすべての人に「素晴らしい」と言ってもらえるような歩み、自信に満ちた歩みの中で受ける愛の メッセージと、反対に自分がどん底にいる時、誰にも評価されず、自分さえも自分が好きになれないような状態 で、それをすべて受け止めて「あなたが隣にいてくれるだけで良い」というメッセージとは、まったく大きさが 違います。

 ここで一つお聞きしたいのです。聖書があなたに示す愛はどのような愛でしょうか。あなたが何かをしたから、 何かができるから、あなたに何かいいところがあるから愛されるのでしょうか?もしもそうならば、先ほどの例 では前者の愛です。もしも愛される理由があっての愛ならば、それを失うときに愛されなくなっていまうかもし れません。しかし聖書があなたに示す愛は、そのような理由なしの愛です。あなたの能力や魅力や功績などでな く、ありのままのあなたを受けいれて「まずはそのままで良いよ…」と招いてくださる愛なのです。

 ここまで、私たちは愛されていること、その愛は私たち自身から出た魅力や功績によるのではないことをお伝 えしました。その愛の良き便り(聖書では福音といいますが)の本当の価値を知るために、私たち自身が置かれ た状況に話題を移したいのです。といっても日常の浮き沈みは個々人によって違いますし、日々変わり得るもの です。それでは私たちの何を見つめなおすべきでしょうか?

私たちは神様の前にあってどのような立場なのか――――

 多くの人々はそれを知りません。ある人は神様について、タメ口のような口調で扱います。もしもあなたが 尊敬し、愛おしいと思う人がそのような扱いを受けているならば、心が痛みますね。私もかつてはそんな礼儀知 らずのひとりでした。私たちは神様の前にあってどのような立場なのか。私たちが置かれた立場を知ることで、 それでも「ありのままで良い」と招いてくださるお方の愛の大きさを知ってほしいのです。グッドニュースだけ ではその本当の価値は分かりません。私の内の目を覆いたくなるようなバッドニュースを知る時に、はじめてグッ ドニュースの本当の素晴らしさが見えてきます。

人はみな問題を抱えて生きている  聖書は私たちの置かれた状態について“医者”が必要であると教えています。つまり本来意図された正常な状態 ではないのです。ある場合は「平安」がない状態、また「善を行う力」がない状態、「人生の目的」がない状態など、 を指します。この問題をそのまま放置するならば、悲惨な結果を招くことになると聖書は教えます。どうしてこの ような状態にあるのでしょうか?それは創造主である神から離れていることです。それは本来意図された歩みでは なく「的外れ」な歩みです。聖書はそれを「罪」と呼びます。

 ある人々は、「あなたは罪人です」と言うと強い反発を覚えます。それは「自分たちは道徳倫理や法律を犯して いない」という解釈の誤解から来る反応です。もちろん道徳や法律に反する行為も罪ですが、さらに根本にあって 聖書が教える罪は「神様に対する反抗」のことです。私たちは自分の胸に手を当てて吟味するときに、思いにおい て、言葉において、行動において、まったく罪を犯さずにはいられないことを教えられます。それは「的外れ」か ら来る問題なのです。

 ちなみに宗教(英:religion)の語源のラテン語の意味は「再び」+「縛る」です。正しい教えはあらゆる「的 外れ」から人々を解放し、正しい関係に再び結び合わせるものです。


†あなたに届けたい聖書の言葉 「私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かっ てな道に向かって行った」(イザヤ53:6)

「人から出るもの、これが人を汚すのです。内側から、す なわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、 盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねた み、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、 内側から出て、人を汚すのです」(マルコ7:20-21)

聖書の言葉

イエス・キリストは、私たちを招いています  イエス・キリストは、私たちの内面を取り扱う名医です。自分は健康であると思っている人は、医者のもとに来 ようとはしません。また、自覚はあっても「私は自力で治す。医者など必要ない」と言うかもしれません。しかし、 的外れの原因は「神から離れること」ですから、自力で回復することはできません。症状を自覚し、その苦しみか ら本気で開放されたいと願う人は、医者のところに来るのです。イエス・キリストを信じるとは、福音を受け入れ ることです。キリストの弟子たちは自分たちが目撃した事実を命がけで全世界に伝えました。それが福音です。こ の福音は3つの要素から成り立っています。


†あなたに届けたい聖書の言葉 「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのと ころに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげま す」(マタイ11:28)

「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わ たしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために 来たのです」(マルコ2:7)

聖書の言葉

福音の3つの要素

①キリストは私たちの罪のために死なれた  キリストは、私たちの罪の問題を解決するために、十字架にかかって呪われた死を遂げてくださいました。 人間は、いくら努力しても自分の内にある罪の性質(原罪)や、社会の中にある悪を処理することはできません。 それができるのは、キリストだけです。

 キリストは人の姿を取って地上生活を歩み、最後に、ご自身のいのちを購いの代価として差し出してください ました。キリストはあなたや私のためにいのちを捨ててくださいました。

†あなたに届けたい聖書の言葉 「私(パウロ)があなたがたに最もたいせつなこととして 伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。 キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために 死なれたこと、また葬られたこと、また聖書が示すとお りに三日目によみがえられたこと、またケパに現れ、そ れから十二弟子に現れたことです」(1コリント15:3-5)

「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私 たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わ されました。ここに愛があるのです」(1ヨハネ4:10)

聖書の言葉

  
②キリストは、死んで墓に葬られた  ローマ法では、十字架に架けられた罪人は放置され、その死体は空の鳥か野の獣に喰われてしまいます。しかし、 キリストの場合は、そうではありませんでした。ローマ法による恩赦が与えられたので、アリマタヤのヨセフと、 ニコデモが、イエスの死体を葬りました。

 イエスの埋葬は、メシア預言の成就です。埋葬の事実は、イエスが完全に死んだこと、イエスがキリスト(メシア) であることを示しています。

†あなたに届けたい聖書の言葉 「彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者ととも に葬られた。彼は暴虐を行わず、その口に欺きはなかっ たが」(イザヤ53:9)

「そのあとで、イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れ てそのことを隠していたアリマタヤのヨセフが、イエス のからだを取りかたづけたいとピラトに願った。それで、 ピラトは許可を与えた。そこで彼は来て、イエスのから だを取り降ろした」(ヨハネ19:38)

聖書の言葉

③キリストは三日目によみがえられた  キリストの復活は歴史的事実です。キリストは金曜日の午後三時に十字架上で死に、日曜日の朝に復活されました。 そして、キリストの復活を目撃した人が多数出ました。復活は父なる神がキリストの死を贖罪死として受け入れてく ださったことの証拠です。

 キリストは今も生きていて、私たちを救うことがおできになります。キリストの復活は、初穂としての復活です。 キリストを信じるなら、私たちも死者の中からの復活に与るようになります。

†あなたに届けたい聖書の言葉 「その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れ ました。その中の大多数の者はなお生き残っていますが、 すでに眠った者もいくらかいます。その後、キリストは ヤコブに現れ、それから使徒たち全部に現れました。そ して、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも現 れてくださいました」(1コリント15:5-6)

  「しかし、今やキリストは眠った者の初穂として死者の中 からよみがえられました。…しかし、おのおのにその順 番があります。まず初穂であるキリスト、次にキリスト の再臨の時キリストに属している者です。」 (1コリント15:20-23)

聖書の言葉

あなたの前に永遠のいのちが差し出されています

愛への応答  福音の3つの要素を受け入れ、キリストをそのようなお方として信じるなら、あなたも救われます。以下の祈りの 言葉は、あなたの思いを言い表しているのではないでしょうか?もしもそうならば、共に祈りましょう。

「天の父なる神様。私はあなたに背を向けて生きてきました。お赦しください。イエス・キリストが、私の罪のために 死に、墓に葬られ、三日目に復活されたことを信じます。イエス・キリストを私の人生の主として心にお迎えします。 主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。」

†あなたに届けたい聖書の言葉 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世 を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅 びることなく、永遠のいのちを持つためである」 (ヨハネ3:16)

キリストを信じた人には次のようなことが起こりました。

過去、現在、未来の罪がすべて赦されました(ロマ8:1)

神の子となる特権が与えられました(ヨハ1:12)

永遠のいのりが与えられました(ロマ6:23)

聖霊の内住が与えられました(1コリント6:19)

永遠に絶えることのない希望が与えられました(ロマ5:5)

 

聖書の言葉





【きみは愛されるために生まれた/松本優香】
(音量にご注意ください)
きみは愛されるために生まれた
きみの生涯は 愛で満ちている

永遠の神の愛はわれらの
出会いの中で実を結ぶ

君の存在が私には
どれだけ大きな喜びでしょう



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